Hallowe'en 小刻みな呼吸が、日が落ちてぐっと冷えてきた夜の公園に聞こえてくる。月明かりに、淡い色の髪がきらきらと輝く。 胸元を飾る貴金属よりもその光は強く、鮮やかで綺麗だと成歩堂は思う。何が好きで、ジャラジャラと纏っているのかは知らないが、付属品の助けを乞うことなく身ひとつで充分だ。 「悪戯かと思った」 人気のない公園で、パーカーに手を突っ込んだままの成歩堂は、駆け寄って来た生年にそう言って笑った。 「悪戯?」 軽く息を弾ませた響也は、額に滲んだ汗を手の甲で拭う。褐色の肌が湿り気を帯びて鈍く輝き、目尻が紅潮している。 「だって、ホラ。今日はHallowe'en.だろ?」 「それで…。」 何が言いたいのかわからないよと、響也は呆れた声と視線を成歩堂に送る。 「君まだ若いし…「ひょっとして、子供だと言いたいのかい?」」 「Trick or treat」 子供達はそう言いながら、近所の家を回ってお菓子をねだる。今日はそんな日だ。 「確かに仮装行列で治安が悪いから保安課は忙しい日だし、その案件が後日こちらへ回ってくるかもしれないけど…僕はお菓子を強請るような子供じゃないよ。 まさか、そんな事で呼び出したと思ってたのかい?」 憤慨だと告げる綺麗な貌から視線を逸らすように、成歩堂はニット帽を指先で摘み、空を見上げる。 「本気でそう思ってた訳じゃあないけど、約束の時間から随分とたったからね。」 視線の先にある公園の入口に据えられた、大きな時計が示す時間は、響也が携帯で告げてきた時間を大きく回っていた。 「あ、それは…その、帰りがけに上司に掴まって…。今日に限って電車で…。」 指先を口元にあてて、響也も視線を地に落とす。しどろもどろの様子は普段の堂々とした様子からは程遠い。消えそうな声色でごめんと呟いた。 「……でも、わざとじゃない。」 「わかっているよ。」 クスと笑い、成歩堂は響也の背中に腕を回す。汗のせいで湿り気を帯びた身体全体が温かい。上気した肌から立ち上るフレグランスは常よりも、いっそう香り高い。 「…ごめんなさい。」 成歩堂のパーカーの裾をギュッと握りしめて、胸元に頭を埋める。幼い供のような仕草で謝罪の言葉を告げた。面と向かって謝罪できないのは悪意ではなく、恥ずかしいからだと成歩堂は知っている。 「うん。それで何かな? 僕を呼びだした理由は。」 「あ、これを…。」 渡すものがあったのだろう響也が上着のポケットを探る。取り出そうと持ち上げかけた腕を、成歩堂はやんわりと遮った。 「…え?」 「まだ、いいよ。」 うん? 不可思議だと問うアイスブルーの瞳に答えの代わりに口付けを落とす。 「貰ったら、離れちゃうだろ。響也くん」 もう少し、このままで。 ピアスの輝く耳元に囁いて、腕を窄める。同意の言葉は出てこないけれども、腕の中の青年の指先も、成歩堂の背中に絡みつく。 成歩堂の腕よりも強く、その指はパーカーを握りしめる。たまらなく可愛いとそう思う瞬間に、意地の悪い思いは浮かばなかった。 「こんなとこ、人に見られたらどうするんだよ。」 離さないのは自分のくせに、出てくる言葉は素直ではない。 「仮装の日なんだろ? きっと、『キョウヤ』の仮装をした誰かがやってるに違いないよ。」 「…変な理屈…」 くぐもった声が、聞こえて軽い衝撃とともに、響也が頭部を成歩堂の肩に乗せた。さらりと光沢を帯びた髪が、成歩堂の頬を滑っていく。 「………悪戯、しなくていいのかい?」 それは、して欲しいと言っているように成歩堂には聞こえた。クスリと笑えば、察したのか響也の耳は真っ赤に変わる。 「してくれるのかい? 楽しみだなぁ。」 「…変態…。」 むすっくれた声が言葉を続けた「大人しいなんて、アンタらしくないよ」 「ハロウインの霊達が騒ぐのは、欲しいものが手に入らないからだ。僕は、違う。今まさに、手にしているからね。騒ぐ必要なんかないのさ。」 絶句して、かかかと赤くなっただろう響也は、沈黙する。 「アンタ悪霊より質が悪いよ。」 辛うじて口にした言葉に、成歩堂は口端を緩めた。 〜Fin
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